千代田区神田大手町の司法書士が役に立つ話から笑い話まで☆

神田、大手町の司法書士MY法務事務所の代表が日常生活で役に立つ知識から笑える話まで気ままに綴るブログです。肩ひじ張らずに読んでってください♪

No.8 認知症事故賠償訴訟 「最高裁は家族の賠償責任を認めず」 判決の影響は??

愛知県で認知症男性が電車にはねられ死亡した事故をめぐる裁判で、最高裁が「家族に監督義務があるかどうかは生活の状況などを総合的に考慮すべき」との判断を示し、今回のケースでは、監督義務はなかったとして亡くなった認知症男性の家族の賠償責任を認めないとの判決を下したとの報道。扱いが大きかったので、皆さんもご存知ではないでしょうか?

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事故の発生から簡単に説明すると、事の起こりは平成19年、JR共和駅(愛知県)の構内で91歳の認知症男性(要介護4認定)が電車にはねられ死亡しました。これに対してJR東海振替輸送費用などの賠償につき遺族と協議したが合意に至らなかったため、賠償を求める裁判を起こしました。その後、1審(名古屋地裁)では、「目を離さず見守ることを怠った」と男性の妻の責任を認定し、長男についても「事実上の監督者で適切な措置を取らなかった」として2人にJR東海の請求どおり、720万円の賠償責任を認めていました。2審(名古屋高裁)は、「20年以上男性と別居しており、監督者に該当しない」として長男への請求を棄却したものの、妻の責任は1審に続き認定し、359万円の支払いを命じていました。そして今回、最高裁の判断は妻及び長男に賠償責任はないとする判決を下した、という流れです。

さて、私は判決の全文を入手している訳ではないので、報道されている情報によると、次のような判断が示されたようです。

認知症患者の家族だからといって、監督する義務を無条件に負うものではなく、生活の状況などを総合的に考慮して判断すべきである。

認知症の人や精神的な障害がある人について、妻や実の息子だからといって、それだけで無条件で監督義務を負うものではない。同居しているかどうかや、日常的な関わりがどの程度か、財産の管理にどう関与しているか、それに介護の実態などをもとに、家族などが監督義務を負うべきかどうかを考慮すべきである

これを今回の事案に当てはめると、妻は当時85歳で介護が必要な状況(要介護1認定)だったうえ、長男も離れて暮らしており、月に3回程度しか実家を訪ねていなかったことなどから、「認知症の男性を監督することはできなかった」として賠償責任は認められないと判断したということです。

さて、事件の内容の大筋はこういったところですが…

実はこの判決、この家族や他の認知症患者の介護をしている家族だけではなく、介護業界全体にも影響を及ぼし得ると言えます。

そもそも、直接、振替輸送費用が発生する原因となった故認知症患者ではなく、その妻及び長男に対して損害賠償請求がなされた根拠として民法714条があります。簡単に説明すると、「責任無能力者(自己の行為の責任を弁識する能力がない者)による不法行為については、一般的監督義務を果たさなかった監督義務者が、責任無能力者に代わって損害賠償責任を負担する。」という内容です。

例えば、16歳の少年が加害者となったとしましょう。一般的には16歳ともなれば、自己の行為の責任を弁識できますから、この少年は責任無能力者ではありません。ところが通常、16歳の少年に損害賠償責任を果たすだけの資力はありません。しかし、だからといって被害者が泣き寝入りしなければならないというのでは余りに不条理ですし、被害者保護の要請にも反します。そこで、少年の親権者(監督義務者)に賠償責任を認めるということです。

今回の事案では、故認知症患者を責任無能力者とし、その妻及び長男を監督義務者として請求がなされた訳ですが、前述のとおり、「認知症患者の家族だからといって、監督する義務を無条件に負うものではなく、生活の状況などを総合的に考慮して判断すべき」とされました。仮に、「認知症患者の家族には無条件に監督義務あり」とされていたらどうでしょう。遠方に住んでいるため家族の介護ができない人が、「目が届かないときに事件でも起こされたら面倒だから家に閉じ込めておこう。」と考えたり、介護するだけの体力がない人は、「出歩かれたら面倒だからベッドに縛り付けておこう。」と考える、なんてことも起こらないとも限りません。そういう意味では、普段から認知症患者とあまり接触する機会が多くない方は、監督義務を負う可能性が少なくなったという意味ではほっとされるかもしれません。(とは言ってもこのような場合、認知症患者に対する介護が充分になされていないという問題は解決していませんが。)

他方、普段から介護をしている家族や、日常的に多人数の介護をする介護施設等においては、「普段はちゃんと介護をしているのに、一瞬の隙に事件が起こったら多額の損害賠償責任を負うことになるんじゃないのか?」といった不安もよぎるのではないでしょうか。一時期騒がれた悪質な介護施設による認知症患者への虐待(問題を起こさないためにベッドに拘束するなど。)が発生する可能性もあるでしょう。もちろん事件が起こったとしても、短絡的に、「普段から介護している家族(施設)だから責任あり」ということにはならないでしょうが、考えようによっては、「面倒見の良い家族が責任を負い、面倒見の悪い家族は責任を負わない。」ということにもなりかねません。家族も含めて介護人材の不足が叫ばれている近年、このようなリスクがあるとなれば安心して介護をすることもできなくなり、ますます介護人材の確保が難しくなります。

だからといって、被害者保護の要請も無視することはできません。関わって被害に遭っても泣き寝入りしかないのであれば、そもそも最初から関わりたくないと考えるようになってしまいます。そう考えると、やはり根本的な何らかの解決方法を考えなければいけなくなります。記事にも記載がありますが、損害保険の対象拡大も1つの解決策になるかもしれません。認知症患者は将来的に増加が見込まれていますから、この問題についての対策は今後、社会的急務になっていくでしょうね。司法書士の立場としては、例えば成年後見人となった場合に、しっかりと介護できる体制を整える(未然に自己の発生を防ぐ。)といったことが問題解決の一助となるのでしょうか。難しいところです。

今後、同様の事件が発生した場合に、今回示された基準がどのように運用されるのか、具体的にはどの程度まで関わりを持っている者に監督義務ありと判断されるのか、が明らかになっていくでしょう。もちろん、同様の事件が発生しないのが、1番良いのですが…」

それでは今回はここまで。弊所ホームページは随時更新中。よければ覗いてみてくださいね☆

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